SES20代板挟み失敗例エンジニア

派遣先と自社の間で、どこにも逃げ場がなくなっていった話

実際の相談傾向をもとに再構成したケースです。特定の個人や事業者を示すものではありません。

入社して半年ほどが経った頃、ようやく派遣先の業務にも慣れてきたと思っていました。毎朝、派遣先のオフィスに向かい、自社の名札をつけてその会社の仕事をこなす。そういう働き方が当たり前になっていました。

変化が起きたのは、プロジェクトの中盤に差し掛かった頃です。派遣先の上長から「もっと残業に対応してほしい」と言われ、自社の担当者からは「勝手に残業を増やすな、先に相談しろ」と注意を受けました。どちらも正しいことを言っているのはわかっていましたが、現場でそれを一人で調整するのは難しかったです。

そういった板挟みが、少しずつ積み重なっていきました。派遣先からの要望を自社に伝えると「それはお客様の都合だ」と返ってきて、自社の方針を派遣先に説明しようとすると「契約の話は直接聞いていない」と煙たがられました。私はただ、その間に立ったまま、どちらにも頭を下げていました。

半年ほどそれが続いたある日、もうここを辞めようと決めました。疲れ方が普通ではないと感じていましたし、朝に目が覚めるたびに胸のあたりが重くなっていたので、これ以上は続けられないと思ったのです。

自社の担当者に退職の意思を伝えたのは、ちょうど繁忙期に入る直前でした。「今は時期が悪い」「派遣先への引き継ぎが必要だ」「次の案件も決まりかけている」と次々に言われ、話がなかなか前に進みませんでした。引き止め、というより、単純に受け付けてもらえない感覚でした。

何度か話し合いを重ねましたが、そのたびに自社側の都合や条件が出てきて、退職の時期はどんどん後ろ倒しになっていきました。派遣先では通常通り業務をこなしながら、自社との交渉を続けるというのは、想像以上に消耗しました。誰にも相談できずに、一人でずっと抱えていました。

結局、正式に退職できたのは、最初に意思を伝えてから四ヶ月近く経った後でした。その間にプロジェクトのフェーズが変わり、引き継ぎも二度行いました。退職後には有給休暇の残日数をめぐって話し合いが生じ、最終的には一部の消化を諦めることになりました。

辞めること自体はできましたが、思っていたよりもずっと時間と気力を使いました。もう少し早い段階で、外部のサポートを頼ることを考えていればよかった、と今は思っています。退職の意思を固めてから、誰かに間に入ってもらうまでの時間が長すぎたのだと、振り返るたびに感じています。

このケースで不安になりやすい点

  • - 会社へどう伝えるか
  • - 本人へ直接連絡が来ないか
  • - すぐ辞めたい時にどう整理するか

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