SESという働き方に疑問を感じ始めたのは、入社から二年が経った頃でした。常駐先が変わるたびに人間関係をゼロから作り直し、自社に戻ることもほとんどない。自分がどこに属しているのか、よくわからなくなっていました。スキルアップの実感も薄く、このまま続けることへの迷いが、気づけば毎朝の通勤電車の中で頭を占めるようになっていました。
退職を決めたのは、ある週末のことでした。次の常駐先への移動が打診され、また一から環境を作るのかという気持ちが、背中を静かに押しました。月曜の朝、自社の直属の上長にメッセージを送りました。「退職したいと思っています」と、できるだけ落ち着いた文章で書いたつもりでした。送信した後しばらくは、少し楽になった気がしていました。
返信は思ったより早く来ました。上長から「話し合いましょう」という短い一文。それはまだ想定の範囲内でした。ところがその日の夕方、担当営業からも別ルートで連絡が入りました。「聞いたよ、どういうこと?」という、少し圧のある書き出しでした。上長と営業で、すでに話が共有されていたようでした。
翌日には、常駐先のプロジェクトリーダーからも個人的にメッセージが届きました。「急に辞めるって本当ですか、今のフェーズで抜けられると困ります」という内容でした。常駐先に自社の話が伝わっていることに、まず驚きました。気づけば三方向から同時に連絡が来ている状態になっていて、誰にどう返せばいいのか、頭の整理がつかなくなっていました。
それぞれが少しずつ違うことを言っていました。上長は「引き継ぎをきちんとしてから」と言い、営業は「次の案件も決まりかけている」と言い、常駐先のリーダーは「せめてリリースまでいてほしい」と言いました。全員の話を個別に受け取っているうちに、どれが自分にとって本当に関係のある話なのかが、だんだんわからなくなっていきました。
三週間ほどそのやり取りが続いた頃、気力がかなり落ちていました。仕事中も誰かから次の連絡が来るのではないかと気になって、集中できない時間が増えていました。ある夜、上長から「もう少し待ってくれないか」と言われた時、気がつけば「わかりました」と答えていました。あれほど決めていたはずなのに、声に出した瞬間、自分でも驚きました。
退職はそのまま立ち消えになりました。翌月には新しい常駐先への移動が決まり、日常がまた動き始めました。辞めたいという気持ちが消えたわけではありませんでしたが、また一から切り出すエネルギーが、その時の自分にはありませんでした。
後から振り返ると、複数の関係者が同時に動いてくる構造は、自分ひとりで対処するには複雑すぎました。誰に何を伝えるか、どの順番で話を進めるかを整理しないまま最初の一言を発してしまったことが、状況を難しくした原因だったと思います。SESの退職には、自社と常駐先という二重の関係が絡むことを、もっと早く意識しておけばよかったと感じています。