常駐先に配属されて半年が経ったころ、毎朝その建物の前に立つと、胃のあたりがじわりと重くなるようになっていました。チームの雰囲気が自分には合わないと気づいたのは最初の週からでしたが、「慣れれば変わる」と言い聞かせながら通い続けていました。
常駐先のリーダーから受ける言い方が、どうしても引っかかっていました。声を荒げるわけでもなく、ただ淡々と「なぜこんなことができないのか」と繰り返される。それが半年続くと、朝ベッドから起き上がるのに、少し時間がかかるようになっていました。
自社の担当営業に連絡したのは、ある月曜の夜でした。「現場を変えてほしい」と伝えると、「わかりました、確認します」という返事が届きました。その夜は久しぶりに少し眠れた気がしました。
しかし一週間待っても、具体的な動きはありませんでした。もう一度連絡すると、「先方との関係がある」「次の案件が見つかってから対応します」という言葉が返ってきました。何かが違う、と感じ始めていました。
結局、現場変更の話は二か月たっても動きませんでした。その間も常駐先には通い続けました。もういっそ退職してしまおうと思い、退職の意思を正式に伝えると、今度は引き止めが始まりました。「もう少し待ってほしい」「せめて次の案件が決まるまで」という言葉が繰り返されました。
退職届が受理されたのは、最初に相談してから四か月後のことでした。その頃にはもともと好きだったプログラミングにも、なかなか手が動かなくなっていました。有休もほとんど消化できないまま、最終出社日を迎えました。
後から思えば、もっと早く別の手段を探すべきでした。自社に相談すれば何とかなると思い込んでいたのが、そもそもの誤算でした。SESという構造の中では、自分一人でできることには限界があると、身に染みて感じました。
今は別の環境で働いています。あの四か月間を取り戻すことはできませんが、あの経験があったからこそ、「待てば状況が変わる」と思い込まないようになりました。もう少し早く、声を上げる場所を選べばよかったと、今でも時々考えます。