契約更新の通知が届くたびに、胃のあたりがじわりと重くなるのを感じていました。更新されるかどうかという不安ではなく、また同じ場所に縛りつけられるという感覚が、毎回少しずつ積み重なっていくようでした。
SESという働き方に違和感を持ち始めたのは、30代に入ってしばらく経ったころのことです。客先に常駐していても、そこの社員ではない。かといって、自社にいるわけでもない。どちらにも属しきれないあいまいな立場が、年を重ねるにつれてじわじわと息苦しくなっていました。
退職を考えたのは、ある現場の契約が終わるタイミングのことでした。次の現場に移る前なら、このまま辞められるかもしれないと思ったのです。少しだけ勇気を出して、自社の営業担当に連絡を入れました。
ところが、話はすぐに複雑な方向へ向かいました。「次の現場がもう決まっているから」と言われたのです。わたしは「それでも退職の意思は変わらない」と伝えましたが、担当者の口調はどこかのらりくらりとしていて、話が前に進まない感じがありました。
数日後、「契約済みの現場に入らないと、客先に迷惑がかかる」「場合によっては損害賠償になりかねない」という言葉が出てきました。法律の知識がなかったわたしには、その言葉が本当なのかどうか確かめる術がありませんでした。ただ、頭の中で大きな数字が浮かんでは消え、体が固まるような感覚だけが残りました。
結局、その現場に入ることになりました。自分の意思で踏み出したはずの一歩が、どこかで静かに引き戻されていました。現場へ向かう朝、電車の窓の外を眺めながら、何をしているんだろうと思いました。体は動いているのに、気持ちがついてこない感じがありました。
半年後、また契約更新の通知が来ました。今度こそ、と思いながらも、あの時の感覚がよみがえってきて、なかなか動き出せませんでした。退職を口にする前に、もっと準備が必要だったのだと、その時になってようやく気がつきました。
後から整理してみると、SES特有の契約の仕組みや、退職交渉の進め方について何も知らないまま、ひとりで担当者と向き合ってしまっていたことが、話をこじれさせた一番の原因だったように思います。知識のないまま話し合いの場に立つのは、思っている以上に消耗することでした。
あの時の自分に言えるとしたら、「焦らなくていい、でも一人でやろうとしなくていい」ということだけです。気持ちが折れたわけではありませんでした。ただ、正しい順番と、自分ひとりではない方法が、あの時のわたしには必要だっただけでした。