SES30代常駐先成功例エンジニア

常駐先が変わるたびに、少しずつ自分が削れていった

実際の相談傾向をもとに再構成したケースです。特定の個人や事業者を示すものではありません。

SESという働き方を選んだとき、いろんな現場を経験できることを前向きに捉えていました。30代に入ってからも、スキルを広げたいという気持ちは本物でした。でも実際には、常駐先が変わるたびに一から信頼関係を築き直す消耗が積み重なっていて、それがじわじわと体に出るようになっていました。

最後の常駐先は、特に雰囲気が重い職場でした。クライアント側のチームとの温度差が大きく、自社の営業担当に状況を伝えても「もう少し頑張って」という言葉しか返ってきませんでした。自分がどの組織にも属していないような、宙に浮いた感覚が続いていました。

朝、常駐先のビルに入るときに、足が重くなるのを感じるようになったのは半年ほど経ったころです。特定の誰かに何かをされたわけではない。でも、毎日少しずつ削られているような感覚は確かにありました。夜、帰宅してもうまく気持ちが切り替えられず、休日も翌週のことが頭から離れませんでした。

自社の上司に「現場を変えてほしい」と申し出たのは、それから数週間後のことです。話は聞いてもらえましたが、「次の案件が決まるまで待ってほしい」という答えでした。待っている間も現場には行き続けなければならない。その事実がずしりとのしかかってきました。

退職という選択肢が頭に浮かんだのは、ある週末の朝です。布団の中で、このまま続けることへの意味を考えていて、答えが出てこなかった。SESは雇用形態が複雑で、辞め方がわからないという不安もありました。そんなとき、退職を代わりに進めてくれるサービスがあることを知りました。

依頼した翌日、自社への連絡はすべて代わりにやってもらえました。自分で電話をかけなくていい、直接話さなくていいというだけで、肩の力がすとんと抜けました。SES特有の、自社と常駐先の両方への対応も、事前に丁寧に確認してもらえたので、余計な心配をしなくて済みました。

退職が正式に完了したのは、依頼からそう時間が経たないうちのことでした。常駐先への最終出社もなく、手続きだけが静かに終わりました。拍子抜けするほどあっさりしていて、自分が何年も悩んでいたことが、少し遠く感じられました。

しばらくはゆっくり休みました。気力が戻ってきてから、次の働き方について少しずつ考えはじめました。SESという形態が悪かったわけではないと今は思います。ただ、自分が限界を超えてまで続ける必要はなかった。もっと早く決断してよかったと、穏やかな気持ちで振り返ることができています。

このケースで不安になりやすい点

  • - 会社へどう伝えるか
  • - 本人へ直接連絡が来ないか
  • - すぐ辞めたい時にどう整理するか

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