もう無理だと思ったのは、夜勤明けに更衣室の床に座り込んで、立ち上がれなくなったあの朝でした。体が動かないというより、動かす理由が見つからない感じでした。その日、休憩室で師長を捕まえて、「今日で辞めたいんです」と伝えました。声が震えていたと思います。
師長の反応は、静かなものでした。怒鳴られるとか、驚かれるとか、そういうことはなくて。「わかった、話を聞かせて」と個室に連れて行かれました。それだけで少し、気持ちが崩れそうになりました。
話しているうちに、涙が出てきました。自分でも気づかないうちに、ずいぶん追い詰められていたんだと思います。師長は否定せずに聞いてくれました。でも最後に言われたのは、「今のタイミングはどうしても難しい」という言葉でした。
病棟では当時、欠員が三人出ていました。翌週には大きな手術が複数入っていて、私が抜けると回らなくなる、と説明されました。頭ではわかりました。患者さんに影響が出るのは、私だってよくわかっていました。だからこそ、ずっと言い出せなかったのです。
結局その日は、「一ヶ月だけ待ってほしい」という言葉を受け入れてしまいました。自分でもなぜそう言ってしまったのか、今でもよくわかりません。断れなかったというより、もう考える体力が残っていなかったのだと思います。
その後の一ヶ月は、正直あまり記憶がありません。シフトをこなして、帰って、眠って、また行く。それだけの繰り返しでした。食欲がなくて、休日も外に出られなくて、友人からのメッセージにも返事ができていませんでした。
一ヶ月後、改めて退職の意思を伝えました。今度は書面で、日付と署名を入れて。それでもすんなりとは進まず、引き継ぎ期間の交渉に何週間もかかりました。即日で終わらせようとした日から、実際に職場を離れるまで、二ヶ月以上かかっていました。
あのとき「今日で」と伝えたのは、正しい判断だったと今でも思っています。でも一人でそれを通すのは、あの状況では難しかった。感情だけで動いて、方法を準備していなかったことが、結果的に自分を長く消耗させることになりました。もう少し早く、別の手を考えておけばよかったと思います。