看護師20代パワハラ失敗例引き止め精神的消耗

辞めようとするたびに、言葉で押さえ込まれた話

実際の相談傾向をもとに再構成したケースです。特定の個人や事業者を示すものではありません。

最初に「辞めたい」と思ったのは、入職から一年半が過ぎた頃でした。先輩のひとりに、処置のたびに大きな声で指摘されるようになっていました。他のスタッフの前でも関係なく、「なんでこんなこともできないの」と言われるのが続いて、詰所に入るのが怖くなっていました。

初めて師長に相談したのは、ある夜勤明けの朝でした。ロッカー室で着替えながら、思い切って「少し話を聞いてもらえますか」と声をかけました。師長は話を聞いてくれましたが、最後に「あなたのためを思って言ってくれてるんだと思う」と言いました。その言葉が引っかかりましたが、その日は何も言い返せずに帰りました。

それから数週間後、退職届を書いてみました。自分の部屋で封筒に入れて、翌朝持っていくつもりでした。でも師長室の前に立ったとき、足が止まりました。「またあの話し合いになる」と思うと、手が震えて、結局その日は出せませんでした。封筒はしばらくバッグの底に入ったままになっていました。

二度目に話し合いの場を設けてもらったとき、今度は看護部長も同席していました。「辞めたい理由を聞かせて」と言われて、パワハラのことを話しました。すると「本人にそのつもりはないと思う」「あなたも慣れてきたら変わるはず」と言われました。否定されたわけではないのに、気がついたらうなずいていました。

その後も状況は変わりませんでした。むしろ、「辞めようとした」という空気が伝わったのか、先輩の態度は以前より冷たくなりました。名前を呼ばれず「ちょっと、そこ」と言われることが増えました。毎朝目が覚めると、今日も行かなければならないという重さが胸にありました。

三度目は、メモに書いて渡そうとしました。言葉で話すと丸め込まれてしまう気がしたので、文章にしたら伝わると思ったのです。でも師長に「直接話しましょう」と言われ、結局また面談になりました。「あなたは真面目だから、もう少し頑張れるはず」と言われました。その言葉の何が怖かったのか、今でもうまく説明できません。

気がつくと、三か月が過ぎていました。辞めようとするたびに何かが起きて、気持ちだけが消耗していきました。食欲がなくなって、休日も翌日のことを考えて眠れなくなっていました。体が悲鳴を上げていたのに、「もう少し」という言葉にずっと引っ張られていました。

最終的に、自分ひとりで辞表を出し続けることには限界がありました。言葉で押さえ込まれるたびに、自分の判断が正しいのかどうか分からなくなっていきました。後になって、こういうケースでは自分で交渉しようとしたことが逆効果になってしまうのだと知りました。出口は確かにあったのに、そこへたどり着く方法を間違えていた、と今は思っています。

このケースで不安になりやすい点

  • - 会社へどう伝えるか
  • - 本人へ直接連絡が来ないか
  • - すぐ辞めたい時にどう整理するか

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