その病棟は、私が入職した頃からずっと人が足りていませんでした。休憩がまともに取れない日も珍しくなく、申し送りが終わる頃にはもう足が棒のようになっていました。それでも、隣で同じように走り回っている先輩たちを見ると、自分だけが音を上げるわけにはいかないと思っていました。
辞めたいと最初に思ったのは、入職から一年半が過ぎた頃です。好きな仕事のはずなのに、出勤前になると胃のあたりがずっと重くて、電車の中でも気持ちが浮き上がらなくなっていました。このまま続けたら何かが壊れる、そんな予感だけははっきりとありました。
師長に退職の意思を伝えたのは、その年の秋のことです。言葉を選んで、できるだけ穏やかに話したつもりでした。でも返ってきた言葉は、「今は本当に困る、あと少しだけ待ってほしい」というものでした。採用活動をしているから、人が入り次第考えると言われました。
待ちました。三ヶ月、待ちました。新しいスタッフが入る話は何度か出ましたが、気づけばいつも立ち消えになっていました。ある日、また「もう少し」と言われた時、私は頷いてしまっていました。断れなかった自分が、その夜ずっと頭から離れませんでした。
年が明けて、身体に出るようになりました。休日も疲れが取れず、食欲もムラがありました。家に帰ってもぼんやりしていることが増えて、家族に心配をかけていたと後から聞きました。それでも職場に行けばなんとか動けてしまうので、自分ではどこか「まだ大丈夫」と思い込もうとしていました。
春に、もう一度だけ退職を申し出ました。今度は書面も用意して、気持ちは固めていたはずでした。でも面談の場で、後任がいないこと、患者さんへの影響、チームへの負担、そういった言葉を一つひとつ重ねられると、気持ちがぐらついていきました。結局その日も、「もう少し様子を見ます」と言って部屋を出てしまいました。
あの時どうして押し切れなかったのか、今でも考えます。退職は権利だとわかっていました。でも目の前の人たちへの申し訳なさと、その場の空気の重さに、言葉が飲み込まれてしまいました。自分一人で直接伝えようとしたことが、結果として長引かせる原因になったのだと思います。
その後も半年近く働き続けました。体調は一進一退で、最終的に医師に相談したことで、ようやく退職に向けて動き出せました。退職できたのは最初に意思を伝えてから一年以上が経った頃です。もっと早い段階で、別の方法を選んでいればよかった、というのが正直な気持ちです。人手不足は自分が抱える問題ではなかった、そのことに気づくのに、時間がかかりすぎました。