限界だと気づいたのは、夜勤明けに更衣室で着替えながら、自分がどこにいるのかしばらくわからなくなったときでした。鏡に映った顔を見ても、知らない人みたいで。もう続けられない、今日のうちに終わらせようと、その場で決めました。
師長に声をかけたのは、夕方の申し送りが終わった後でした。退職の意思を伝えて、できれば今月いっぱいではなく、今週で区切りたいと話しました。自分でも言葉が震えていたのがわかりました。こんなにはっきり言えたのは初めてで、少し気持ちが楽になった気がしていました。
でも師長の反応は、想定していたものとまったく違いました。「急すぎる」「引き継ぎが間に合わない」「あなたが抜けたら現場が回らない」。静かな声で、でも確かなプレッシャーを感じる言い方でした。その場で返す言葉が見つからなくて、気づいたら「少し考えます」と言ってしまっていました。
翌日、主任からも話がありました。「もう少し待てないか」「せめて来月末まで」。一対一で話しながら、私は頭の中でずっと同じことを繰り返していました。断らなければいけない、でも断れない。その繰り返しで、また曖昧な返事をしてしまいました。
結果として、即日どころか翌週も翌々週も、私は病棟に立っていました。身体は職場にあるのに、気持ちはどこか遠いところに置いてきたような感覚でした。業務中にミスが増えて、自分を責めて、それでもシフトに入り続けました。退職したいという気持ちは変わらないのに、一歩も動けていない日々でした。
あとから知ったことですが、即日退職は本来、法的に認められる方法がきちんとあったようです。でも私はその知識がなかったし、職場の空気に飲まれてしまった。誰かに間に入ってもらっていれば、あの曖昧な返事もしなくて済んだかもしれないと、今は思っています。
最終的に退職できたのは、申し出てから一か月以上が経ってからでした。最後の日、ロッカーを片付けながら、もっと早くに別の手を使えばよかったと静かに後悔しました。心が決まっていたのに、伝え方と段取りを間違えたせいで、長く消耗してしまった。それだけが悔やまれました。