そのフロアは、ずっと人が足りていませんでした。入職したころから「今は大変な時期だから」と言われ続けて、気がつけば三年が経っていました。残業は当たり前で、休憩もまともに取れない日が続いていました。身体は動いているのに、頭の中だけがどこか遠くにあるような感覚が、毎朝ナースステーションに入るたびについてきました。
限界を感じたのは、ある夜勤明けのことでした。帰り道、駅のホームで次の電車を待ちながら、このまま乗り越してどこかへ行ってしまいたいと思いました。泣く気力もなくて、ただ足元のタイルを見ていました。その夜、はじめて「辞めよう」と心に決めました。
翌週、師長に時間をもらって話しました。準備していたつもりでしたが、いざ向き合うと声が少し震えました。退職したい、と伝えると、師長はしばらく黙っていました。そして「今の状況わかってるよね」と静かに言いました。その一言で、胸の中に何かが引っかかりました。
その後の面談は、一時間近く続きました。今辞められると現場が回らない、患者さんに影響が出る、みんな苦しい中でがんばっている、という言葉が続きました。責められているわけではないのに、自分がいなくなることで誰かが傷つくかもしれないという気持ちが、じわじわと広がっていきました。
翌日、もう一度だけ考えてみると言ってしまいました。自分でもなぜそう言ったのか、うまく説明できません。ただ、あの部屋から早く出たかったのだと思います。退職届を出さずに帰ってきた夜は、何も食べられませんでした。
それから二ヶ月が過ぎました。また辞めたいと思う日が増えましたが、もう一度師長に話しかける踏ん切りがつきませんでした。「あのとき考え直すと言ったのに」という目で見られるような気がして、職場にいるだけで息が詰まるようになっていました。心療内科に行ったのは、そのころです。
医師には、環境を変えることを勧められました。でも「辞める」という言葉を、もう一度誰かに伝える自信がありませんでした。自分で退職を切り出すこと自体が、いつの間にか怖くなっていたのだと気づいたのは、だいぶ後になってからです。
今振り返ると、最初に退職を申し出たとき、自分一人で完結させる方法を知らなかったことが悔やまれます。引き留めに応じてしまったのは、弱かったからではなく、もっと別のやり方があると知らなかっただけだったと、今は思います。あのとき別の選択肢を持っていたら、もう少し早く次へ進めていたかもしれません。