40代に入ってから、夜勤明けの回復に時間がかかるようになっていました。20代の頃は仮眠を少し取れば動けましたが、あの頃とは体がまるで違っていました。朝、病棟を出るときの足の重さと、頭の芯に残るぼんやりとした感覚。それが何年も続いていました。
退職を考え始めたのは、夜勤中に点滴のルートを確認しながら、ふと「もうここで倒れてもいいかもしれない」と思った瞬間でした。怖い考えだとわかっていました。でも、そう感じてしまうくらい限界だったのです。翌日、師長に話を切り出すことにしました。
師長は最初、静かに聞いてくれていました。「そうか、そこまで来てたのか」と言われたときは、少し楽になった気がしました。しかしその後、「今辞められると本当に困る。せめて次の人が見つかるまで」という言葉が続きました。その言葉を聞いた瞬間、自分の中の何かが少し折れた気がしました。
私はその場で「少しだけ待ちます」と答えてしまいました。断れなかったのです。長く同じ職場で働いてきた分、関係性が重荷になっていました。「迷惑をかけたくない」という気持ちが、自分の体よりも先に出てきてしまいました。
それから二か月が過ぎました。後任の話は具体的にならず、夜勤のシフトは変わりませんでした。師長に再度相談しようとするたびに、「もう少し」「もう少し」という言葉が返ってきました。私はその都度頷いていましたが、体はどんどん応答しなくなっていきました。
ある夜勤の途中で、手が小刻みに震えました。処置中のことで、先輩に気づかれました。その日は早めに上がらせてもらいましたが、翌日には普通に出勤してしまいました。誰かに助けを求める言葉を、うまく作れなかったのです。自分でも、どうしてそうしてしまったのかわかりません。
結局、退職が正式に認められたのはさらに一か月半後のことでした。引き継ぎ期間を含めると、最初に申し出てから四か月近くかかっていました。その間に通院が始まり、医師からは「もっと早く来てほしかった」と言われました。
退職してから振り返ると、あの最初の会話で「待ちます」と言わなければよかったと思います。師長が悪い人だったわけではないと今でも思っています。ただ、職場の都合と自分の体を同じ天秤に乗せてしまったことが、間違いでした。もし誰かに相談する手段を先に調べておけば、違う選択ができていたかもしれないと、今は感じています。