20代のころから夜勤は当たり前のものだと思っていました。眠れない夜も、明け方の帰り道も、それが仕事だと割り切っていましたし、割り切れていると信じていました。でも40代に入ったある冬、夜勤明けに自転車をこぎながら、ふいに涙が出てきたんです。理由もよくわからないまま、ただ泣いていました。
そのころ、月に10回前後の夜勤が続いていました。人員が足りないことはずっと前からわかっていましたし、自分が抜けたら現場が回らないという感覚も、ずっとそこにありました。だから休みの日でも気が抜けなくて、スマホを手放せなくて、ベッドに入っても深く眠れない日が続いていました。
身体の変化が目立つようになったのは、その少し後のことです。食欲が落ちて、体重が3キロほど減りました。血圧の数値が少し上がって、健診で引っかかりました。20代のころと同じ感覚でやってきたことが、40代の自分の体には通用しなくなっていた。頭ではわかっていたことでしたが、実際に数字で突きつけられると、少し怖くなりました。
家族に「顔色が悪い」と言われるようになったのも、ちょうどその時期です。鏡を見るのが億劫になっていたので、指摘されてはじめて気づきました。夜勤の前日は気持ちが重くなって、着替えるのにも時間がかかるようになっていました。それまで感じたことのない種類の億劫さで、うまく言葉にできないまま、ただそこにありました。
退職を考えはじめたのは、ある夜勤中に小さなミスをしてからです。大事には至りませんでしたが、判断が鈍っていると自分でわかりました。このまま続けることが、患者さんにとっても自分にとっても良くないかもしれない、と思ったのはその夜が初めてでした。ただ、長年いた職場を辞めるということが、どれほど重いことかもわかっていました。
師長には言い出せませんでした。お世話になってきた人だから、というのもありましたし、引き止められたときに断り切れる自信がなかった。家族に相談して、退職の手続きを代わりに引き受けてくれるサービスがあることを教えてもらいました。最初は自分が使うものだとは思っていませんでしたが、調べていくうちに、これでいいかもしれないと感じるようになりました。
連絡をしたのは夜勤明けの朝でした。眠れないままスマホを握って、短い文章を送りました。翌日には担当者から丁寧な返事があって、必要なことをひとつひとつ教えてもらいました。職場への連絡はすべて代わりに行ってもらえて、自分は書類を用意するだけでよかった。あれほど大きく見えていたものが、少しずつ輪郭を失っていくようでした。
退職が正式に完了したと聞いたのは、それから数週間後のことです。その日の夜、久しぶりに朝まで眠れました。夢も見ず、スマホも確認せず、ただ眠っただけなのに、目覚めたときに涙が出そうになりました。あの夜勤明けに自転車をこぎながら泣いていた自分に、やっと追いついた気がしました。
今は、次に何をするかをゆっくり考えています。看護の仕事が嫌いになったわけではありませんし、またいつか戻るかもしれない。ただ今は、夜に安心して眠れることが、こんなにも大切だったと実感しています。40代で気づいたことは、遅すぎることはなかったと、今は思っています。