その上司が異動してきたのは、三年ほど前のことです。最初のうちは厳しい人だという印象でしたが、医療の現場にそういう人はめずらしくない、そう思って気にしないようにしていました。でも少しずつ、私だけに向けられる言葉の温度が、他のスタッフとは違うと気づきはじめていました。
ミスをした時の指摘の仕方が、人前であっても容赦ありませんでした。大きな声で、何度も繰り返して。終わったあとも廊下ですれ違うたびに冷たい目を向けられて、その視線を受けるたびに足が少し重くなるのを感じていました。それでも、患者さんのことを考えると、ここを離れられないと自分に言い聞かせ続けていました。
あるとき、思い切って上の立場にある方に相談しました。聞いてもらえはしましたが、「お互い気持ちよく働けるように話し合ってみては」という言葉で終わりました。その夜、帰り道にコンビニへ寄って、何も買わずに出てきた記憶があります。何をしたかったのか、自分でもわかりませんでした。
状況は変わらないまま、また半年が経ちました。朝、出勤前に胃が痛くなるのが当たり前になっていました。休日も、翌日のことが頭から離れず、横になっていても体が休まらない感覚がありました。それでもまだ、自分さえ気をつければどうにかなると信じようとしていました。
退職を申し出たのは、ちょうど夏が終わりかけた頃です。直属の上司に話したところ、「今の時期に抜けられると困る」「あなたがいなくなったら現場が回らない」と繰り返され、その場では引き下がってしまいました。強く言えなかった自分が情けなくて、帰り道に涙が出ました。翌日からはまた、何事もなかったかのように働きました。
その後も二度、退職の意思を伝えました。そのたびに引き止められ、時には「もう少し頑張ってみなさい」と諭されるような言い方をされ、気づけばまた流れていました。自分の意思を貫けない弱さが恥ずかしかったのですが、今思えば、あの場の空気に飲まれていただけだったのだと思います。
体が先に限界を伝えてきたのは、三度目の退職を試みた翌月のことです。朝、起きようとして起き上がれませんでした。病院へ行くと、しばらく休むよう言われ、そのまま休職に入ることになりました。退職の手続きは結局、家族に間に入ってもらって、ようやく認められました。
もっと早く、自分ひとりで抱え込まないやり方を探せていたら、と今は思います。相談窓口に頼ることも、外部の力を借りることも、当時の自分には「弱さ」に映っていました。でも本当の弱さは、声を上げるタイミングを何度も見送り続けたことだったのかもしれません。
今はゆっくり体を戻しながら、次の働き方を考えています。看護の仕事は嫌いではなかったから、いつかまた、違う形で続けられたらと思っています。あの時の自分に言えることがあるとすれば、「我慢を続けることが誠実さではない」ということ、それだけです。