入社して二年目の春ごろから、月曜の朝が怖くなりました。週初めには必ず営業会議があって、先週の数字を一人ひとり読み上げさせられました。目標に届いていないと、上司がホワイトボードの前に立ったまま、静かな声で理由を聞いてくるのです。その静けさが、怒鳴られるよりずっと重く感じました。
「なんで取れないんだ」「何をしていたんだ」という言葉が、毎週同じように繰り返されました。最初はうまく答えようとしていましたが、だんだん何を言っても詰められる気がして、会議前夜から胃が痛くなるようになりました。日曜の夕方、スマートフォンに明日の予定通知が届くだけで、体が固まるようになっていました。
それでも半年ほどは耐えていました。「数字さえ上がれば楽になる」と思って、朝早くから訪問件数を増やしたり、土曜も顧客フォローに回ったりしました。でも数字はなかなか動かず、むしろ焦れば焦るほど空回りしている感覚がありました。気づいたら休日も会社のことを考えていて、ゆっくり眠れた記憶がしばらくありませんでした。
限界を感じたのは、ある会議でほかのメンバーの前で「この人数字ゼロだから」と言われた日でした。恥ずかしいとか悔しいとか、そういう感情より先に、何も感じなくなっていることに気づきました。帰りの電車の中で、辞めようと決めました。その日の夜、退職願の文面を一人で考えて、翌週に上司へ話しかけました。
ところが、上司の反応は予想と違いました。怒るわけでも、すんなり受け取るわけでもなく、「もう少し頑張ってみろ」「今辞めたら次が大変だぞ」と、落ち着いた口調で話し続けるのです。一時間ほど話し込んで、気づいたら「もう少しだけ続けます」と言っていました。自分でも、なぜそう答えたのかよくわかりませんでした。
その後、状況は良くなりませんでした。引き留められたことで、むしろ辞めにくくなったと感じました。「頑張ると言ったのに」という空気を勝手に感じてしまって、再度切り出すタイミングがずるずると後ろにずれていきました。会議での詰めは続き、体の不調も続きました。頭痛が週に何度もあるようになり、ある朝、起き上がれなくて初めて欠勤しました。
結局、退職できたのはそれからさらに三か月後でした。最終的には診断書を用意して、ようやく受理してもらいました。でも、もっと早い段階で動けていたら、体への負担はもっと小さかったと思います。自分一人で話しに行ったことで、引き留めに対してうまく対処できなかったのが、いちばんの誤算でした。
あの頃に戻れるなら、「辞めます」と伝える前に、もう少し手順を整えておきたいと思います。感情が限界に達した状態で直接交渉に臨んでも、相手のペースに引き込まれやすいということを、あのとき知りませんでした。意思をきちんと伝えきるためにも、何らかのサポートを借りる選択肢を、もっと早く考えてよかったのだと、今は思っています。