営業20代詰め成功例メンタルパワハラ

毎日の詰めで声が出なくなった、あの頃のこと

実際の相談傾向をもとに再構成したケースです。特定の個人や事業者を示すものではありません。

朝礼が始まる前から、胃のあたりがじわじわと痛みました。数字が未達のまま週をまたぐと、翌朝の会議で必ず名指しされることがわかっていたからです。営業の仕事自体は嫌いではありませんでした。ただ、数字に届かなかった日の夜と、翌朝の時間だけが、どうしても怖かったのです。

「なんでできないの」「やる気あるの」「言い訳しかしないよね」。毎朝、同じ言葉が同じ温度で降ってきました。最初のうちは「次こそ」と気持ちを立て直せていたのですが、それが三か月、四か月と続くうちに、言葉が刺さる前に体が縮んでいくようになりました。

ある朝、出社しようとして玄関に立ったとき、足がそこから先に進めませんでした。靴を履いたまま、ドアの前でしばらく立ち尽くしていました。泣いているわけでもなく、怒っているわけでもなく、ただ体が動かない、という感覚でした。そのとき初めて、自分がかなり限界に近いのだと気づきました。

退職を考えはじめたのはその頃です。ただ、直接上司に伝えることを想像すると、また別の恐怖が出てきました。「何を言われるかわからない」「引き止めで何時間も拘束されるかもしれない」。そういう不安が重なって、退職の意思を口にすること自体が、また一つのハードルになっていたのです。

友人に話を聞いてもらっていたとき、退職の手続きを代わりに行ってくれるサービスがあると教えてもらいました。最初は「そんな方法があるのか」と半信半疑でしたが、調べてみると、自分で直接話しに行かなくても退職の意思を伝えられるのだとわかりました。申し込みを決めたのは、その日の夜でした。

手続きを依頼した翌日、会社への連絡はすべてそちらが行ってくれました。自分は何も言わなくていい、顔を合わせなくていい、そう思った瞬間、肩のあたりから力がすっと抜けました。上司に何か言われるかもしれないという連絡も、結局自分のところには直接届きませんでした。

退職が正式に認められたと聞いた日、特別なことは何もしませんでした。近所をぼんやり歩いて、空が思っていたよりも広いなと思いました。しばらくの間、毎朝あの胃の痛みがあったことを忘れていたほどでした。

あの頃の自分に言えることがあるとすれば、「もっと早く動いてよかった」ということです。詰められ続けた時間が長くなるほど、自分の感覚がどんどん狂っていきました。あの状況が当たり前ではないと気づくのに、時間がかかりすぎました。辞めることは、逃げではなかったと、今は思っています。

このケースで不安になりやすい点

  • - 会社へどう伝えるか
  • - 本人へ直接連絡が来ないか
  • - すぐ辞めたい時にどう整理するか

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