営業20代長時間労働失敗例引き止め

「もう少しだけ」と言い続けて、気づいたら一年が経っていた

実際の相談傾向をもとに再構成したケースです。特定の個人や事業者を示すものではありません。

退職を考え始めたのは、入社して二年目の夏が終わった頃でした。営業の仕事は最初から忙しいとは聞いていましたが、終電を逃すような日が週に三度も続くようになって、これは普通ではないかもしれないと思うようになりました。朝早く出て、夜遅く帰る。帰り道の電車の中でそのまま眠ってしまうことも、珍しくなくなっていました。

それでもしばらくは「営業ってこういうものだ」と自分に言い聞かせていました。数字を追うのは好きでしたし、お客さんに感謝される瞬間は確かにうれしかった。でも、目標が達成できても翌月にはまたゼロから始まる繰り返しに、いつの間にか疲れを感じるようになっていました。身体の疲れより、何かに向かっているという感覚が薄れていく方が、正直きつかったです。

辞めようと決意したのは、ある平日の深夜でした。残業を終えてオフィスのビルを出た瞬間、急に涙が出てきました。理由ははっきりわかりませんでした。ただ、もう続けられないという気持ちだけが、そのとき胸の中に静かに満ちていました。翌日、直属の上司に「話があります」と伝えようと決めました。

ところが、いざ上司の前に立つと言葉が詰まりました。タイミングを見計らっているうちに繁忙期に入り、「今は無理だ」という気持ちになりました。チームの人数が少ないのは知っていたし、自分が抜けたら迷惑をかけると思うと、切り出す言葉が見つかりませんでした。結局その日も、業務の報告だけして席に戻りました。

その後も何度か機会を探しましたが、そのたびに何かが邪魔をしました。上司が多忙そうだった日、大きな案件が動き始めた週、月末の追い込み。自分の中で「もう少し落ち着いたら」と思うたびに、また一か月が過ぎていきました。辞めたいという気持ちは変わらないのに、行動に移せない自分がいました。

半年ほど経ったとき、ようやく上司に打ち明けました。すると「お前が辞めたら困る」「もう少し頑張ってみろ」「給与の見直しを考えている」という言葉が返ってきました。強く押し切ることができず、その場は「もう少し考えます」と言ってしまいました。帰り道、自分でも呆れました。これが言いたかったことではなかったのに、と。

引き止めに応じた後も、状況は変わりませんでした。給与の話はうやむやになり、長時間労働はそのままでした。ただ「一度引き止めを受け入れた」という事実が、次に辞意を伝えるときの心理的なハードルを上げていました。また言い出しにくい、また迷惑をかける、そう思うと動けませんでした。

結局、その後もずるずると続けてしまいました。身体はなんとか動いていましたが、気力は明らかに落ちていました。あのとき、もっと自分の気持ちを優先して動けばよかったと、今でも思います。退職を決めたなら、自分一人で抱え込まずに、誰かに相談したり、手続きのサポートを借りたりする選択肢を早めに検討しておくべきでした。

このケースで不安になりやすい点

  • - 会社へどう伝えるか
  • - 本人へ直接連絡が来ないか
  • - すぐ辞めたい時にどう整理するか

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