入社して二年が経った頃から、毎月末が怖くなりました。達成できなかった数字が会議室のホワイトボードに並ぶたびに、胃のあたりがきゅっと縮む感覚がありました。ノルマは入社前から聞いていましたが、実際に自分の名前が「未達」の列に並ぶのは、想像していたよりずっとこたえました。
朝、会社に向かう電車の中で、スマートフォンの画面をぼんやり眺めながら「今日も電話をかけ続けるのか」と思う日が増えました。架電リストを見るだけで肩が重くなり、断られる声を何十回も聞くうちに、自分が何のためにここにいるのかわからなくなっていました。
限界だと感じたのは、月末の数字集計が終わった翌朝でした。朝礼で名指しされた後、デスクに戻っても何も手につかず、昼休みにトイレの個室に入ってしばらく動けませんでした。その日の帰り道、退職を申し出ようと心に決めました。
翌週、上司に時間をもらい、「辞めたい」と伝えました。声が少し震えていたのを覚えています。上司は最初、静かに話を聞いてくれていましたが、「なぜ今のタイミングで」と繰り返し聞いてきて、気づけば一時間以上が経っていました。話が終わる頃には、自分が何を言いたかったのかわからなくなっていました。
その後の数日間、上司や先輩から個別に声をかけられることが続きました。「もう少し頑張ってみたら」「来月からサポートをつける」という言葉を何度も聞くうちに、強く押し返す言葉が出てこなくなりました。退職の意思を伝えたはずなのに、なぜか「わかりました、もう少し続けます」と答えている自分がいました。
結局、退職の話はうやむやになりました。サポートがつくという約束も、翌月には立ち消えになりました。ノルマの数字は変わらず、朝の重さも変わらず、むしろ一度「辞める」と言ったことで、周囲の目がどこか変わったような気がしました。居づらさが、以前よりじわじわと広がっていきました。
あの時、自分一人で上司に申し出たことが正解だったのかどうか、今でもわかりません。感情的になっていたわけではないつもりでしたが、相手のペースに引き込まれて、気づけば自分の言葉を回収させられていました。伝えるべきことをきちんと伝えるには、それなりの準備と距離が必要だったのかもしれないと、後になって思いました。
その後、さらに三ヶ月ほど働き続けましたが、体が正直に反応し始め、ある朝起き上がれなくなったところでようやく動き出すことができました。もっと早く、別の方法を選んでいたら、違う結末があったかもしれません。あの時の自分に、少しだけ後悔が残っています。