30代になってからも、働き方はずっと変わりませんでした。朝は誰よりも早く出社して、夜は終電ひとつ前の電車に乗れれば「早く帰れた」と感じるような日々でした。それが普通だと思っていたし、まわりも同じようなペースで動いていたので、疑問を持つ隙間もありませんでした。
体に異変を感じ始めたのは、ちょうど繁忙期が終わったころでした。緊張が解けたせいか、朝起き上がれない日が増えて、休日もただ横になっているだけで終わるようになりました。趣味だったことに手が伸びなくなり、友人からの連絡にも返事が遅れがちになっていきました。
限界だと気づいたのは、移動中の電車の中でした。次の訪問先のことを考えようとしても、頭が何も受け付けない感覚があって、ドアの窓に映った自分の顔を見てはっとしました。もう無理だ、と静かに思いました。その日の帰り道に、退職を申し出ることを決めました。
翌週、上司に時間をもらって話しました。言葉は丁寧に選んだつもりでしたが、声が少し震えていたと思います。上司はしばらく黙って聞いた後、「今は時期が悪い」と言いました。担当している案件のこと、チームの人員状況のこと、次の評価時期のこと。話は思っていた以上に長くなりました。
その場では結論を持ち越すことになりました。一週間後にまた話し合う、ということになったのですが、その間に別の上司や先輩からも声をかけられました。「もう少し頑張ってみては」「環境を変えることも考えている」という言葉を、何度も聞きました。気持ちがぐらついていくのがわかりました。
二回目の話し合いの日、私は退職の意思を撤回しました。その場で「ありがとう、期待しているよ」と言われて、なぜか少し泣きそうになりました。疲れていたのか、認められた気がしたのか、自分でもよくわかりませんでした。でも帰り道、電車の窓に映る顔は三週間前と変わっていませんでした。
その後、労働時間は変わりませんでした。担当案件が一つ減ったかわりに別の仕事が増えて、気づけばむしろ前より忙しくなっていました。約束されたはずの「環境の改善」が具体的な形になることはなく、話し合いのことを誰かが口にすることもなくなっていきました。
あの時、引き止められても意思を貫く方法を知っていれば、と今でも思います。感情的にならずに、でもきちんと自分の意思を守る手段があったはずでした。退職の意思を自分一人で伝えようとしたことが、どこかで判断を鈍らせてしまったのかもしれないと、後になってから気がつきました。