気づいたら、毎朝7時には会社にいて、終電で帰る生活が2年以上続いていました。30代に入ってから担当エリアが広がり、件数も増えて、気合でこなしてきたつもりでした。でも、ある朝、駅のホームに立ったとき、電車が来るのをただ眺めながら「乗りたくない」と思った自分に気づいて、少し怖くなりました。
残業は月に80時間を超えることも珍しくなく、休日も報告書の作成や顧客対応のメールで半日が消えていきました。有給を申請すると「このタイミングで?」と言われ、結局取れないまま年度が変わることが続きました。体は動いていても、どこかで動作が止まっているような感覚がありました。
上司には何度か相談しました。「みんな同じだ」「もう少し踏ん張れ」という言葉が返ってくるたびに、自分の感覚がおかしいのかと思うようになりました。それでも数字は出していたし、辞めるなんて考えてもいなかった。ただ、週末になると布団から起き上がれない日が増えていきました。
転機は、同期が先に辞めたことでした。引き止める会社に対して、彼は「体が先に限界だった」と静かに言って去っていきました。その言葉が、ずっと頭に残りました。自分も、いつかそうなる前に動いた方がいいのかもしれない、と初めて思いました。
退職の意思を伝えようとしたとき、正直に言うと声が震えました。上司の顔を思い浮かべるだけで胃が重くなって、電話口で何を言えばいいかわからなくなる気がしました。そのタイミングで、退職を代わりに伝えてくれるサービスがあることを知りました。依頼する前は少し迷いましたが、自分一人では動けない状態になっていたのは確かでした。
手続きはすべて代行してもらい、会社との直接のやりとりは一切ありませんでした。退職届の提出も、備品の返却方法も、丁寧に案内してもらえました。上司に直接話さなくていいとわかった瞬間、体から何かが抜けていくような感覚がありました。
退職後しばらくは、何もしない時間が怖かったです。仕事のことを考えなくていいのに、気づくと頭がアラートを探していました。でも、1週間もすると少しずつ朝が変わっていきました。目が覚めたとき、最初にため息が出なくなっていた。それだけで、十分でした。
今は別の仕事をしています。営業という仕事自体は嫌いではなかったと気づきました。ただ、あの環境と量が、自分には合っていなかった。もっと早く動けばよかったとは思いません。あのタイミングで、自分なりに動けたことで十分だったと思っています。
長時間労働が「当たり前」になっている職場では、自分の限界がどこにあるか、だんだんわからなくなっていきます。もし今、毎朝が重く感じられるなら、それは体のサインだと思います。誰かに頼って動くことは、逃げではないと、今は思えています。