三十代の半ばに差し掛かった頃から、毎月末が近づくたびに胃のあたりが重くなるようになっていました。達成できそうにない数字が画面に並ぶたび、頭の中で何かが小さくちぎれていくような感覚がありました。営業に就いて七年。最初はあんなに好きだった仕事が、いつの間にかただの数字の追いかけっこになっていました。
上司からの朝のメッセージはいつも同じでした。「今月どうする?」。返信するたびに言葉を選びすぎて、送信ボタンを押すまでに何分もかかるようになっていました。チームの中で自分だけが取り残されているような気持ちが、じわじわと積み重なっていきました。
退職を決意したのは、ある夜遅く帰宅して、玄関で靴も脱がずにしばらく座り込んでしまったときのことです。何もする気が起きなくて、ただ暗い部屋にいました。もうここには戻れないと、静かに思いました。翌週、上司に時間をもらって、辞めたいという気持ちを伝えました。
上司の反応は、思っていたより穏やかでした。怒鳴られるかと思っていたのに、「わかった、少し考えさせてくれ」と言われました。その言葉に、少しだけほっとしてしまいました。それが、うまくいかなかった最初のきっかけだったと、今は思います。
一週間後に呼び出されて、「来期からチームを変えて、ノルマも見直す」と告げられました。具体的な数字まで示されて、「もう少しだけ頑張ってみないか」と言われると、断り切れませんでした。疲れていたせいか、その場で頷いてしまいました。退職の話は、うやむやのまま棚上げになりました。
その後もノルマは変わりませんでした。チームは変わりましたが、プレッシャーの質は同じで、むしろ新しい環境で一から関係を築く分だけ消耗しました。もっと早い段階で、自分だけで交渉しようとせず、別の方法を使えばよかったと、何度も考えました。引き止めの言葉に揺らいでしまったあの日のことが、しばらく頭を離れませんでした。
結局、退職できたのはそこからさらに半年後のことです。二度目は書面で意思を伝え、話し合いの場には極力同席しないようにしました。最初の時に感情で動いてしまったことが、すべてを長引かせたのだと思います。あのとき、もっと冷静に、自分の意思を守る手段を考えておけばよかった。それが今も、一番悔やまれることです。