終電で帰るのが、いつからか当たり前になっていました。40代に差し掛かった頃には、朝7時に家を出て夜23時過ぎに戻る生活がもう何年も続いていて、それを「営業だから仕方ない」と自分に言い聞かせながら過ごしていました。
数字を追い続ける毎日でした。月末が近づくと会議が増え、報告資料を深夜に仕上げることも珍しくありませんでした。休日も得意先からの連絡が入り、気がつくとスマートフォンを手放せなくなっていました。家族と過ごす時間は削られていき、帰宅しても子どもはすでに寝ていることがほとんどでした。
体に異変が出始めたのは、ちょうど年度末が近い時期でした。朝、起き上がろうとすると頭が重く、駅のホームで電車を待ちながら「このまま乗らなければいい」と思ってしまったことがありました。そう感じた自分に、じわりと怖さを覚えました。
有給休暇はほとんど使えていませんでした。申請しようとするたびに「この時期は難しい」と言われ、いつの間にか聞くこと自体をやめていました。退職の話を切り出せる空気でもなく、相談しても「もう少し頑張れないか」と返ってくることが目に見えていました。
退職代行という手段を知ったのは、深夜にふとスマートフォンを眺めていたときでした。自分で退職を告げなくていい、交渉も任せられる、という説明を読んで、最初は信じられませんでした。でも、自分一人では動けないと感じていたのも確かで、翌朝もう一度ページを開いて、問い合わせのボタンを押しました。
依頼した当日のうちに、会社への連絡が済んだという連絡が来ました。自分は職場に一切顔を出さず、電話もしなくていいと言われたときに、ようやく体の力が抜けた気がしました。荷物の受け取りや書類のやりとりも、指示に沿って進めるだけで済みました。思っていたより、ずっとあっさり終わりました。
退職が正式に認められてから最初の月曜日、目覚ましをかけずに眠りました。8時間以上眠ったのがいつぶりか、思い出せないほどでした。朝食をゆっくりとって、近所を散歩して、それだけで胸の奥がずいぶん楽になりました。
40代でこういう選択をすることへの迷いは、正直ありました。でも今振り返ると、もっと早く動いていればよかったとも思います。長時間労働を続けながら「いつか改善される」と待ち続けることに、意味はなかったと感じています。体が先に限界を知らせてきたとき、それをきちんと受け取ってよかったと、今は思っています。