毎週月曜の朝、会議室に入る前から胃が重くなっていました。議題はいつも同じで、先週の数字、今週の見込み、なぜ達成できていないのか、そういう話ばかりでした。40代になってもまだこういう場所にいるのかと、ふと窓の外を見ながら思ったことを覚えています。
詰められるのは私だけではありませんでしたが、目標未達が続いた時期には特に集中して矢面に立たされました。「なんで取れないの」「言い訳はいらない」「数字で示してくれ」。言葉のひとつひとつはそれほど激しくないのに、積み重なると体の芯がじわじわと冷えていく感覚がありました。
家に帰っても頭が切り替わらなくなったのは、おそらくその頃からです。夕食の味がよくわからなくなって、テレビをつけても内容が入ってこなくて、気づけば翌日の会議のことを考えていました。妻から「最近ぼーっとしてる」と言われた時、うまく返事ができませんでした。
ある週の会議で、上司から「このままだと来期のポジションも見直す」と言われました。脅しなのかただの口癖なのか、その時は判断できませんでした。ただ、帰り道に駅のホームで電車を待ちながら、もうここにいなくていいんじゃないかという気持ちが、静かにはっきりと浮かんできました。
辞めようと決めてからも、伝え方で何度も迷いました。直属の上司への報告を想像するだけで手が止まりました。引き止められること、詰められること、理由を根掘り葉掘り聞かれること。退職を切り出す場面がもう一つの「詰め」になるような気がして、なかなか動けませんでした。
退職代行という手段を知ったのは、同世代の知人が使ったという話を聞いたからです。最初は自分には大げさかなと思いました。でも、会社に直接言うことへの恐怖は本物でしたし、もう自分一人で抱えられる重さではありませんでした。問い合わせをした夜、久しぶりに少し眠れた気がしました。
手続きはあっさりと進みました。依頼した翌営業日には会社への連絡が完了し、その後は指示されたとおりに書類を郵送するだけでした。上司から直接連絡が来ることも、会議室に呼ばれることも、ありませんでした。拍子抜けするほど静かな終わり方でした。
退職が正式に認められた日、特別な感情はなくて、ただ肩が軽いなという感覚がありました。あの月曜の朝の重さが、もう来ないのだと気づくのに少し時間がかかりました。40代でこういう選択をすることへの迷いは今もゼロではありませんが、あのまま続けていたらどうなっていたかを考えると、動いてよかったと思っています。