営業の仕事を始めたのは30代の半ばで、気がつけば10年近くが経っていました。売上の数字を追いかけながら、毎月のように月末は終電を逃し、それでも「営業なんてこんなものだ」と自分に言い聞かせてきました。
違和感を覚えたのは、ある月の給与明細をじっくり見直したときのことです。残業時間は月に80時間を超えていたのに、支払われていた残業代はその三分の一にも届いていませんでした。最初は計算の間違いかと思い、過去数ヶ月分を引っ張り出してみると、ずっと同じような状態が続いていました。
上司に確認を取ったところ、「みなし残業の範囲内だから」と一言で片付けられました。雇用契約書を読み返すと、確かにみなし残業の記載はありました。ただ、みなし時間を大幅に超えた分は別途支給されるはずだという認識が自分にはあって、その食い違いをどう整理すればいいのか、しばらく頭がまとまりませんでした。
それからしばらく、朝起きるたびに胃のあたりが重い感覚が続きました。仕事そのものへの不満というよりも、自分が費やしてきた時間が正当に扱われていないという感覚が、じわじわと気力を奪っていくようでした。40代という年齢も、何となく頭の片隅にありました。今動かなければ、もっと動けなくなるかもしれない、と。
退職を考え始めたとき、正直なところ一番怖かったのは「辞めると言い出せるだろうか」ということでした。長く関わってきたお客さまもいて、後任のことを考えると言い出しにくく、ずるずると先延ばしにしてきた経緯もありました。退職代行という選択肢を知ったのは、ちょうどそのころです。
窓口に問い合わせてから退職の意思が会社に伝わるまで、思っていたよりもずっと早く進みました。自分で上司と向き合う場面もなく、やり取りの一切を代わりに進めてもらえたことで、精神的な負担がかなり軽くなりました。手続きの途中で何度か不安になりましたが、そのつど丁寧に状況を教えてもらえました。
退職が正式に認められた日の夜、久しぶりに肩の力が抜けた感覚がありました。未払いになっていた残業代の問題については、別の窓口に相談することにしました。すべてが一度に解決したわけではありませんでしたが、まず会社を離れるという一歩を踏み出せたことで、次の動きを落ち着いて考えられるようになりました。
今振り返ると、もっと早く動けばよかったという気持ちが少しあります。自分の時間と労力に正当な対価が払われていないと感じながら、それでも「仕方ない」と飲み込み続けてきた時間は、取り戻せないものでした。ただ、あの決断を境に、自分の働き方を自分で選び直す感覚が戻ってきました。